任天堂スイッチ2が届いた。
初代のスイッチが発売される時に、あんなに小さな筐体でスカイリムをプレイできるというのがワクワクした。実際やってみると、あんまりよく動かないしそんなに楽しくなかったけども。今は、steam deckもあるし携帯機は2018年当時よりずっと色々な選択肢がある。
思うのは、PSPやVaio Pが発売されていたころの大人の方が楽しかっただろうなということ。PSPにアンテナ追加してテレビを見れたり、SONYのようなメーカーが小さな筐体のPCを作ってくれていた時代。ロマンがある。
スイッチ2は、ゼルダのティアーズオブキングダムをプレイしてみたが確かに綺麗になって嬉しい。ただロマンがあるかというとないと思う。
トーマス・ベルハンストの石灰工場という小説を読んでいるが文体が中原昌也のようで驚く。ひたすらに悪態をついているが、明らかにボケているような感じはなく、ツッコミや相対化するような描写もなく狂人の独白を聴いているのだがそれが本人談ではなく、第三者経由で聞かされるので常に文の最後に主人公は何々と言っていたとつくので、そのしつこさが嫌がらせのようですごい。面白いのか面白くないのかわからない。息継ぎのない小説で、ベケットのような前衛的な部類に入るのだろうか。文章が面白いので読めてしまう不思議さがある。
大事な部分が書けていない。そこを見過ごしている。
今は何をやっても自由なんだし、やるべきことにもっと賭けてもいいんじゃないかと思う。なぜか、会社員のような規範的な生活が抜けない。その積み重ねでやると決めたことだ。頑張るのではなく、設定した習慣の中で達成する。
手を動かす中で発生する知性を信じる。今は、また小さな積み重ねを再開したような状態でそこを信じてコツコツやっていければきっと大丈夫だと思う。Dijonのアルバムのような、中身が詰まっていて、余計な水増しのない優れた表現をやりたい。そのためには、手を動かす中でえるアイデアや発見を積み重ねる必要があるだろう。日記を書くことだってつながっている。自身が何を考えているのか。どう感じたのかを捉えること。その中に、宇宙の意思のような、皆がアクセスできるかもしれないものがあるだろう。
Note
2025.8.20