( Note )

Note

2026.9.24

ここ最近、カフェに行くと特に一人席では何かしらの勉強をしている人が目につくように思う。何かしらの成果に繋がるための時間、制作、業務。PCは昔の何か現実逃避のお楽しみの道具から、書類やバインダーのような業務のための道具に変わってしまった。
楽しんでいる人を見ると、おっと思う。enjoy、楽しんでいなくても良い、無為に過ごす、本を読むだけ、無関係に。生産しなくてよい。誰もが、何か今後を気にする経営者のように、抱えているのではないか。
enjoyすること、がますます重要だと思う。カフェでenjoyしている人は、カフェで業務している人よりも重要である。
ここからは、自分の限界をできなさを出していくことになる。感性のにぶさ、古臭さ、描けなさ、ついていけないこと。しかし、できなさを出すことは難しい。できないというためには、そこについていこうとする、できるようになる努力がないと成立しない、できなさというのは開き直りとは違う。何かと向き合った時に、成し遂げようとした時にどうしてもそこに到達できない時に出てしまうなり損ねの震えのようなものだから。できなさを出すということは生半可なことではない。しかし、できなさを出したいと思う。

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